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パフォーマンス化するこの社会

アメリカのシリア攻撃に関して

 4月6日夜、アメリカのトランプ政権は、シリア北西部イドリブ県で起きたサリンとみられる化学兵器の攻撃で少なくとも子供27人を含む72人が死亡したことを受け、シリアのアサド政権の関連施設に巡航ミサイルで攻撃しました。

すでに、シリアの民間人が多数死傷したことが報道されており、世界中から批判の声があがっています。

化学兵器の使用はもちろん許される行為ではありません。しかし、アメリカのトランプ政権は、事実検証もなく、国連安保理の決議もないまま一方的に攻撃を強行したことは、国際法にも反するものであり、シリアの内戦をさらに悪化させることにしかならないことは明白です。
これ以上の軍事攻撃は絶対に起こさないことを切に願います。


☆想定された帰結であったシリア攻撃

 今回のアメリカのシリア攻撃に関しては、トランプ大統領がこの間、IS壊滅のために、ロシアやアサド政権と協力関係を構築する方向性を示していた流れから見れば”寝耳に水”の出来事でした。

 しかし、もともと米国がアサド政権を敵視していたことや、トランプ政権自体が軍事政権ともいえる性格を持っていたことからみればそれほど不自然なことではないのかもしれません。

 現に、ニューズウイークによると、直近の2017年1-3月の間に、米国が率いる有志連合がシリアにおいて出している民間人の死者が急増していたことが報道されています。有志連合は、2016年1年の間に出した民間人の死者が537名であったのに対し、今年の1-3月の3か月だけで既に469人もの民間人の死者を出しており、IS殲滅が名目とはいえ、シリアに対する軍事的な強硬姿勢が今年に入りすでに強まっているのが明らかな状況でした。


☆トランプ政権による支持率回復のためのパフォーマンス

 しかし、問題なのはこのシリア攻撃がいったいどんな理由で、なぜこのタイミングで行われたかということです。

 真相が明らかになるのはこれからのことですが、私はその理由の一つとして、この間急激に落ち込んでいたトランプ政権による、支持率低下の打開策としてのパフォーマンスという目的があるのではないかと考えています。

 この間、トランプ政権の支持率は急速に落ち込んでいました。
インベスターズ・ビジネス・デイリー(IBD)とテクノメトリカ・マーケット・インテリジェンス(TIPP)が先週行った最新の調査によると、トランプ大統領の支持率は34%で、3月の44.1%か ら10.1ポイントと急落傾向を示しました。要因としては、この間のアメリカ大統領選に関するロシアの介入疑惑、そしてオバマケア代替法案の失敗などが主だった点だと思います。

 こうした中、トランプ政権は急落支持率に対する歯止めの打開策を求めていたわけですが、そんな中、シリアの生物化学兵器使用の問題は、”渡りに船”の出来事だったのではないでしょうか。

 ロシアとの協調を示しているシリアのアサド政権に対する軍事攻撃を行えば、ロシア疑惑について一掃することができますし、軍事攻撃の名目を「米国の安全保障上の死活的な利益にかかわる」と得意の「アメリカファースト」を謳えば、米国民からの求心力を高められる。今回のシリア攻撃にはそうした思惑があったのではないかと思うのです。


☆人命を無視したパフォーマンス主義-トランプ政権と安倍政権の共通項-

 もし、今回のトランプ政権によるシリア攻撃の理由がその通りだったとすれば、トランプ政権は自分たちの政治基盤の安定のためだけに、シリアの多数の民間人を犠牲にしたということになります。決して許されることではありません。

 「Post Truth」

 しかし、トランプ大統領自身が「何が真実かということではなく、大事なのは、有権者が何を見たいと思っているかだ。」と、嘘と欺瞞こそがトランプ政権の公式なプロパガンダということを隠さずに公言する中で、今回の人命を無視したパフォーマンスは、残念ながら必然の出来事だったといえるのかもしれません。

 こうした非道なトランプ政権のシリア攻撃に、安倍首相はすぐさま『支持』を表明。きわめて重大な態度だと言わざるをえないでしょう。

 私が気になるのは、こうしたトランプ政権の人命を無視した政権の利益が第一のパフォーマンス主義ともいえる態度でいえば、トランプ政権と安倍政権は極めて共通した性質を持っているように感じることです。

 具体例を挙げるのであれば、先日の南スーダンPKOからの自衛隊の撤退表明が挙げられます。
撤退表明する直前まで、安倍政権としては、自衛隊派遣の正当性を国会でも繰り返し正当化していたにも関わらず、森友学園問題で政権の支持率が急速に落ち込むや否や、一転して、南スーダンPKOからの自衛隊の撤退を表明。

 このことは、まさしく自衛隊員の命を無視した人命無視の政権の利益を最優先にしたパフォーマンスとしか言いようのない行動でした。

 アメリカと日本という、世界的にも影響力のあるこの2国の政権が揃って、人命軽視の政権の利益最優先のパフォーマンス主義にはしっている。このことに対してこれまでにない危機感を募らせているのは決して私だけではないでしょう。

 いまこそこうした無法な政権運営をストップさせる力が今国民の側に求められているのではないでしょうか。

未就労者の実態と”意欲の貧困”(補稿)

☆”意欲の貧困”についてもう少し立ち入って

意欲の貧困についてもう少しだけ立ち入って書いておきたいと思います。

先の(2)の記事の中で、「”意欲の貧困”を抱える者にいくら檄を飛ばそうとも、それによって簡単に”できる”と思えるはずがありません。 彼/女らは、他人から叱咤激励されるまでもなく、その何百倍も、日常的に、自らに対して叱咤激励を飛ばし続けているのであり、そのストレスによる精神の摩耗が”意欲の貧困”をもたらしている面が大きいのです。」

と書きました。

こうした”意欲の貧困”を抱えている当事者が、具体的にどのような精神状態に陥る可能性があるかについて、湯浅誠氏は別著(「生きづらさ」の臨界”溜め”のある社会へ」旬報社 湯浅誠・河添誠編)でもう少し詳細に述べています。
※以下本文引用

「(意欲の貧困を抱える若者たちは)身体が思うように動かない中、自らを叱咤激励して、これまではなんとか持ちこたえてきた。しかし、それが限界に達する。いままで働いてきたのだから、働けないことはないと感じる。家族や周囲もそう見る。しかし社会保障には彼/彼女を受け止める準備がない。進むことも退くこともできない中、生活が立ち行かなくなる。

注意すべきは、この時、人は一時的に『病気を忘れる』ということだ。生きることに必死になったとき、自分の体が発する信号に意識的・無意識的に蓋をするためだ。そして一時的に『元気』になる。”もやい”にくるときには、そうした状態になっている人が少なくない。しかし、それは回復・治癒とはちがう。その『元気』は、疾患に蓋をしただけの、より悪化した状態である。そのため、生活保護申請などを通じて収入を確保し、生活が落ち着くと、もう一度元の疾患をぶり返す。

しかしそのプロセスを知らない人、見ようとしない人は『やればできるじゃないか』と言い、その極度の緊張状態を常態化することを求めてくる。また、ぶり返した本人の脱力状態をみて『生活保護を受けると甘えて働かなくなる』と言い、本人を叱責し始める。それが回復のプロセスなのだということを理解できない。そうした、ようやく回復し始めた本人を追い詰め『自立』から遠ざける。」


☆十分とは言えない”意欲の貧困”を抱える当事者の精神状態への理解

 上記の通り、湯浅氏は、”意欲の貧困”を抱える人たちを援助していくにあたり、貧困を生み出している社会構造そのものを理解することと同時に、その社会構造が当事者にもたらす精神状態についても理解する必要性を指摘しています。”溜め”という言葉はそのためにつくれられたのだといいます。

 しかし、この社会構造が本人にもたらす精神状態については、実践的にはまだまだ理解されているとは言い難い状況にあります。
 こうした人たちに個別に関わる機会のある人たち人には一定程度理解されてはいると思いますが、その蓄積はまだ活動全体には位置づけれられておらず、「理解のある人」「やさしい人」といった活動家のキャラクターの問題に片付けられている面があり、運動の進展のために必要な視点という位置づけが与えられていないことを同時に湯浅氏は指摘をしています。


☆”社会的告発”と”個別的ケア”の優先度をめぐる対立

 他方で、こうした”意欲の貧困”を抱える人の精神状態がわかる人たちは、そのケアワークに特化し、社会構造的な問題に踏み出しにくい、という別の問題もあります。

(当事者に対して)”溜め”が非常に小さくなっている状態を理解できると「いまは本人も大変、精一杯」ということになり、本人に寄り添う方向に自分の役割を見出します。それはそれで膨大な時間と労力を要することなので、本人対応に手一杯となり、社会的な問題提起まではなかなか至りません。結果としてその問題が外に伝わっていかないことになります。

 だれにとっても一日が24時間しかない以上、こうした帰結はある意味では不可避のものですが、しかし、では両者がお互いの活動を全体像の中に位置づけ、相互に自分たちの足りない点を補ってくれるものだと尊重し合っているかというと、残念ながらそうなってはおらず、むしろ根強い相互不信があるのが実態だと思います。

 そういった問題は例えば、「何かの集会で発言する当事者を探す」そういった時などに顕在化します。社会的な関心が高い人は、「社会的に訴えることによって世論を変える」といった点を重視し、発言を後押しし、説得する側に回りますが、個人的なケアに関心が高い人は「本人に余計なプレッシャーを与えるだけ。ようやく落ち着いてきたところなのに」と消極的になる。もし両者がお互いの主張にこだわれば、「そんなこと言っていたらいつまで経っても社会は変わらない」「目の前の個人を大切にできない活動に未来はない」と突きつけ合いに終わるでしょう。


☆運動側が抱える”対立”を解消していくために

未就労者の実態と”意欲の貧困”の記事を通して私が伝えたかったのは、
一つは”意欲の貧困”を抱える当事者の問題は、自己責任論を突きつけるだけでは何も解決しないということ。
二つ目は、こうした当事者の精神状態への理解の促進。
そして三つ目に、”意欲の貧困”を抱える当事者の問題の解決をめぐって、運動側が抱えているこうした”対立”の解消についてということでした。
 
 こうした運動側の”社会的告発”の機能と”個別的ケア”の機能というものは、どちらかが正しいという類のものではなく、当然のこといずれも必要な機能であることは間違いがありません。
 そして、”社会的告発”と”個別的ケア”の機能は、別個に存在する類のモノではなく、統一的に実践される可能性があると私は考えています。
 
 過去にこのブログの記事にも少し書きましたが、(「戦争体験を聞く企画に参加して②-心的外傷と回復-」http://alter-dairy-of-life.blog.so-net.ne.jp/2016-08-30-1)ジュディス・L・ハーマンは、傷を負った人当事者の中には、より広い世界にかかわる使命を授けられたと感じる人がおり、将来自分と同じような傷を負わないように教育や政治などの各方面などで、公衆の意識を高めるため(社会的告発)に献身する人が存在することを指摘しています。

 当事者はそうした実践を経ることで、自らを支え共感し、支援してくれる他者との関係(個別的ケア)に絆を見出し、この社会には、まだ傷をいやしてくれる愛が見いだせると希望することにより、回復が図られることも同時に指摘をしています。

 このように、ハーマンは、”社会的告発”と”個別的ケア”の機能を、当事者を中心に統一的に実践する可能性を見出しており、実際にこの点を意識して、自立生活サポートセンターもやいと首都圏青年ユニオンなどは、共同して10数年前から実践を行ってきています。

 良心に従って、この世の中の社会構造とその社会構造によって生み出される”意欲の貧困”などの精神状態に陥ってしまった人たちの問題を解決しようとする多くの人たちの間に、救済しようとしている貧困の当事者をめぐって、更なる対立と悲劇が生まれるようであれば、それは誰にとっても本意ではないでしょう。

 この世の中を良くしようと日々努力されている多くの人の良心が、適切な形で実現されるように、もやいや首都圏青年ユニオンが積み重ねてきた実践などが、幅広く交流され、今後もより発展した運動が各地で展開していくことを願い、今回の記事を終えたいと思います。

 

未就労者の実態と”意欲の貧困”(3)

☆”擁護不可能なゾーン”に存在する若者たちをもカバーするために求められるもの

 前の記事で紹介をした、田原さんの場合、未就労状態ではありましたが、4回も就いた仕事を全て1日で辞めてしまったとはいえ、就職活動自体は行っていました。

そして、(1)の記事では逆に、未就労状態であり、かつ就職活動もせず就業を希望していない”非希望型”が増加していることに注目しましたが、ここに属する人たちも、それぞれに理由があるとは言え、就業を希望していない以上、世間一般からは、田原さんと同じように「努力していない」「意欲がない」というみなされる可能性が高い人たちです。そしてこの中には、”意欲の貧困”という困難を抱えている方も相当数内包している可能性が高く、また、いわゆる擁護不可能な”ゾーン”に存在するという点では共通しているのだと思います。

 先の(2)の記事では、”意欲の貧困”は、「甘え」や「怠惰」といった次元の、自己責任でどうにかなる問題ではなく、ましてやそのことをバッシングすることでは何も解決はしないということを指摘しましたが、こうした”意欲の貧困”を抱えた未就業者の人たちをもカバーできる議論を展開していくために私たちには一体何が求められているのでしょうか。


☆「貧困」とは”意欲の貧困”をも含むもの

 まず必要なのは、私たちが陥りがちな、「貧困」=「経済的な貧困」(お金がなくて貧乏なこと)という「貧困」概念を狭義のものとしてしまう考えを改めることです。つまりは、「貧困」は「”意欲の貧困”を含むもの」として貧困論を再構成することが求められます。

 「貧乏だったが、苦境に負けずに頑張って今の地位を成した」といった成功物語は、貧困を貧乏(経済的貧困)に縮減し、メンタルな問題を切り離すことで成立しています。それは、メンタルの問題が依然として社会構造的な問題ではなく、個人的問題へと領域分けされていることの証左であり、”意欲の貧困”はいわば心理主が他の人たちに比べ小さいのが貧困だといえます。

 「意欲はあるのに仕事がないだけ」「こんなに頑張っているのに報われないのはおかしい」といった議論は、現実は、格差を批判しようとする意図に反して「意欲」を個人的・心理主義的解釈に押し込めてしまい、「意欲の貧困」を抱える現実の貧困者を周辺においやってしまう可能性があるのです。


☆”溜めのない状態”としての貧困

貧困は基本的に経済的生活困窮状態の問題に還元すべきではありません。

 アマルティア・センは上記のような見解を批判して、貧困を「基本的な潜在能力(capability)が剥奪された状態」と定義しています。湯浅氏は、同様の視点から貧困を「相対的な”溜め”のない状態」と定義しています。

”溜め”とは、人を包み外界の刺激からその人を保護するバリヤーのような存在です。たとえば、貯金などの金銭的な”溜め”、家族・親戚・友人といった人間関係の”溜め”、ゆとりや自信などといった精神的な”溜め”、そして自己責任論を批判的に捉え返すことのできる知識・知性も重要な”溜め”だといえます。

人はそれぞれ人なりの”溜め”を持ち、”溜め”に包まれて生きています。その”溜め”が他の人たちに比べ小さいのが貧困だといえます。

 「意欲の貧困」はこの”溜め”のなさのひとつの表れであり、別の有形有無の”溜め”と密接に関連している状態といえます。強い家族的紐帯、または親友たちの励ましのもと、経済的困窮状態に立ち向かい克服したといったサクセスストーリーは、「誰だってその気になればできる」ことを示しているわけでは決してなく、人間関係の”溜め”が、時には経済的貧困に打ち克つほどの重要な”溜め”の機能を有していることを示しているのだと思います。


☆最後に・・

 今この世の中で、未就労状態におかれている人は数多くいます。人によってはせっかく就いた仕事をすぐに辞めてしまい、「根性がない」ようにみえるかもしれません。また、就職活動もまったくしないで、家にひきこもっているような「甘えている」ように見えるかもしれません。

 繰り返しになりますが、こうした意欲をはじめとする貧困状態におかれている人たちに対して、その状態に甘んじていることを自己責任だとバッシングすることで何も解決はしないし、その方々がその状態に置かれていること事体がとても自己責任に収斂できるような問題ではないということです。

 一見うずくまっているようにしか見えない人に対して、バッシングをしたり、「特別な人」と排除するだけでなく、そうした方々こそ、今の社会構造の歪みが生み出している末端部分に位置する人たちと、運動側に携わる人たちがカバーしていく視点を持たなければならないのでしょうか。
 

未就労者の実態と”意欲の貧困”(2)

こうしたいわゆるグレーゾーンに存在する若者をどう捉えたら良いかについて、「若者の生活と労働世界」(大月書店)で、湯浅誠氏が非常に示唆に富む捉え方を展開しています。
以下、ほとんどこの著書の中の引用となりますが、紹介していきたいと思います。


☆グレーゾーンに存在する若者の実例から

田原俊雄さん(仮名:35歳男性)は湯浅氏の所属するNPO法人自立生活サポートセンターもやいにSOSの電話をかけてきた方の一人です。

田原さんが、生活困窮に至った経緯は、以下の通り。
2006年4月まで半年ほど下町の小さな製造工場で正職員で勤務。しかし4月に風邪をひき、それが長引いて10日程欠勤。連絡は毎日入れていましたが、電話で即日解雇を言い渡されます。その後彼は三ヶ月間、ほぼ毎日ハローワークに通い、三ヶ月の間に産廃処理工場など計4回採用されます。しかし彼はその全てを1日で退職。

話を聞けば、どの仕事も「自分についていけるとは思えなかった」とのこと。ちなみに本人には疾病や障害はなく、いたって健康であったとのことです。


☆運動側が意図的に見落としがちなグレーゾーンの若者たち

「格差」をめぐって、政治家や財界人は「勝ち組」を念頭において「(勝ち組に属する人たちが)努力しても報われない社会はおかしい」といって、格差容認論を展開しています。

一方、それを批判する運動側の人たちは、「負け組」を念頭において、「(負け組の属する人たちだって)努力していないわけではない、機会の平等が確保されていないのが問題だ」と反論します。

一見、上記のそれぞれの主張は、全く正反対の立場のように思えます。
しかし実は、”自分が擁護したいと考える対象者に正当な見返りが与えられていない”という点で、両者の主張は共通しているのです。

このことを念頭においた上で、上記の田原さんのような人を私たちはどう擁護すれば良いのでしょうか。

確実に言えるのは、「働く気はあるが、仕事がない」という理屈はこの場合通用しないことです。では、田原さんに働く気がないかといえば、それも違います。もともと働く気がない人が3ヶ月も毎日ハローワークに通い、1日で辞める仕事に4回もチャレンジするはずがないからです。

そもそも、運動側が格差容認論を批判する根拠としているのは、最初に述べた、「(負け組の人たちだって)努力していないわけじゃない」という点でした。しかし、格差容認論への反論の前提となる”努力をしている”という要件については、4回も仕事を1日で辞めている田原さんのような人々が、世間一般から認められるかといえば、正直困難だと言わざるを得ません。

 運動側の人たちにとって、田原さんのように正直努力をしていると言い難い人たちは、論拠の前提が成り立たないわけですから、実質的に擁護不可能ということになってしまいます。

だからこそ、田原さんのようなグレーゾーンに存在する人たちは、格差容認論を批判する運動側の人たちにとって、”例外”とみなされ、これまでも意図的に見落とされてきたのではないでしょうか。


☆「努力している」「意欲はある」を前提にすることの落とし穴

そして、「みんな努力しているんだ」という擁護の仕方は、他方で田原さんのような人たち当人を追い詰めていってしまうことにもなります。
テレビに出ていた(腰を痛めてしまったという)人ならしょうがない。でも自分は違う。自分の場合はやはり自分が悪いのだ」・・と。

擁護するためのふるまいだったはずが、現実には擁護したい当の本人たちを追い詰める。”意欲はあるはず””努力している”という反論を前提にしていることが、寝坊したことのある、さぼったの事のある、健康体なのに昼間からぶらぶらしてる本人たちを追い詰めてしまいます。

私たちはあらためて正面から、「家賃も払えず、食べるお金にもこと欠くような生活困窮状態で、それでもせっかく就いた4回の仕事をいずれも1日で辞めてしまう」田原さんのような人たちをも包括するような反論建てを考えなければならないのではないでしょうか。


☆仕事に就くことと成功体験

この本の中で湯浅氏は、そもそも「仕事に就くこと」とはどういうことか?について論じています。
湯浅氏は、新たな仕事に就くとは、「会ったことのない人たちと、使ったことのない機械等を駆使して、やったことのない作業を遂行することであり、かつそれを多くの場合余裕のない人員配置の中で、「空気」をみながら無難にふるまいつつ、徐々に仕事を覚えていくこと」と指摘しています。

しかしだからといって、当然一日で辞めて当たり前とはもちろん言えません。多くの人たちは同様の状況に放り込まれ、最初は「使えない」ことを叱咤され揶揄されながら、それでも人になじみ仕事になじみ、徐々に「戦力」としての地位を確立していっているからです。

ここで言いたいのは、職場に飛び込んだ初日に未経験者でも簡単にこなせる「仕事」などというものはおそらくなく、それゆえ「自分は、いずれこの作業を無難にこなせるようになり、ここの人たちともうまくやっていける」と感じることには実は根拠がなく、それでも多くの人たちはそう信じて、現実にその未知へのダイブを遂行している、という事実が存在するということです。

ではなぜ、多くの人たちは根拠もなく「できるさ」と思えるのかと言えば、それは「やったことがなかったけど、やってみたらできた」という成功体験を生育過程で積んできたからではないでしょうか。その機会は、家庭・地域・学校・以前の職場のどこか、またはその全てで繰り返し提供されてきたはずです。

逆に言えば、そのような機会に恵まれなかった人がどう頑張っても「できるさ」とは到底思えなかったとしても、それほど不思議でも奇妙でも、またありえないことでもないと思います。


☆”意欲の貧困”は自己責任の彼岸にあるもの

このような、いわば”意欲の貧困”とは、つまり、自分が限界まで意欲を振り絞ったとしてもそれが多くの人たちが思い描く「当然ここまでは出せるはず」という領域までに到達できない、という事態なのです。

田原さんにとって「どう考えても自分にはついていけない」と感じてしまうことは、病気で身体が動かないのと同じくらい自分にはどうすることもできない、コントロール不能な事態なのではないかと推測できます。
 そしてそれは、多数者の仕切りと合致しないがために、負の符牒を背負わされて「甘え」や「気合い」の不足といった根性論へと還元されるのです。

しかし、筋力のない人間が何百回「できるはず」と叱咤激励されようとも、やはり石膏ボード4枚をかついで一日中階段を上り下りすることができないように、「意欲の貧困」を抱える者にいくら檄を飛ばそうとも、それによって簡単に「できる」と思えるはずがありません。
彼/女らは、他人から叱咤激励されるまでもなく、その何百倍も、日常的に、自らに対して叱咤激励を飛ばし続けているのであり、そのストレスによる精神の摩耗が「意欲の貧困」をもたらしている面が大きいのです。

そうなれば、もう”意欲の貧困”は自己責任の彼岸にあるものとしかいいようがありません。

このように”意欲の貧困”は、「甘え」や「怠惰」といった次元の、自己責任でどうにかなる問題ではなく、ましてやそのことをバッシングすることでは何も解決はしない、その視点を私たちはしっかり認識しておく必要があるのではないでしょうか。

未就労者の実態と”意欲の貧困”(1)

☆はじめに

 2つ前の記事で「生きる意味」というテーマでブログを書きました。

 なぜ、このようなテーマで記事を書いたのかといえば、「生産活動に携わっていない人間は価値がないのか?」という素朴な疑問を私が感じていたことがきっかけでした。

生産活動に携わっていない人というのは、一言でいえば、働いていない人、未就労者とも言い換えることができると思いますが、人間にとって働くことの意義を否定するつもりは毛頭ないにせよ、現代社会では、就労というものをあまりにも絶対視しすぎているのではないかと思うのです。

この世の中には、病気や障害のために人並みに働けない人たちが存在しますし、そして就労という形でなくても社会的に有意義な取り組みをしている人たちもたくさん存在します。

就労の是非だけに過度に価値を置きすぎてしまうと、他に見なくてはいけないものが見えなくなってしまう、そんな気がするのです。


☆未就労者に対する視線が厳しくなっている時代


そうした私の想いとは逆行する形で、現代日本において、未就労者に対する視線は厳しさを増しています。

特に2004年頃、未就労で就職活動も就学も職業訓練も受けていない若者に対して「ニート」という言葉が玄田有史氏によって生み出され、巷では”ニートバッシング”ともいうべき若年無業者への辛辣なバッシングが行われました。

2004年といえば、イラク人質事件が発生し、拘束された3人に対して政府が「自己責任だから」と突き放す態度をとったことから、日本中で「自己責任論」のバッシングが行われるなど、日本中が自己責任的な風潮へ突き進んでいった時代でもありました。

あれから10年以上の年月が経った今、世間での自己責任的な風潮はいっそう強まり、未就労者への視線も厳しさを増しています。
 

☆未就労者は働く意欲がないわけではないという対抗言説

 こうした未就労の若年無業者に対して、「甘えている」「怠惰」などのの自己責任論的なバッシングが強まる中で、これらのバッシングに対抗する運動側の言説として一般的だったのは、「そもそも働き口がないのでは?」といった、未就労者の増加の原因を社会構造に帰する論理でした。

事実、先述した玄田氏が2004年に出版した「働く過剰」では、2002年において、15歳〜34歳の未婚無業者数214万人の内、実際に就職活動をしている若者は129万人(60%)であり、就業を希望しつつも職探しをしていない若者は42万人(20%)と、就業を希望している割合は実に8割以上であり、若年無業者の8割は、就労を希望していたことが明らかとなっています。

8割もの若者が就業を希望しているのに、実際に働けていないというのは、まさに彼らや彼女らが就業機会に恵まれていない、つまり未就業者がこれだけ多くなっている問題は、そもそも働き口が存在していないという社会構造にこそ問題の本質があるというのは明らかでした。


☆対抗言説だけではカバーできないゾーンにいる若者たち


あれから10年超。現在では状況はどう変化してきたのでしょうか。

2015年の全国就業機会パネル調査では、15歳〜34歳の未婚無業者数137万人のうち、実際に就職活動をしている求職型は65万、就業を希望しつつも就職活動をしていない非求職型は12万人、就業を希望していない非希望型は60万人となっています。

なんと非希望型について比較してみると、2002年と比較して絶対数が18万人の増、(42万人⇒60万人)、そして割合としても2割の増(2割⇒4割)と絶対数、割合ともに大幅に増加傾向となっていることがわかります。

このように、”非希望型”が絶対数・割合ともに増加しているという問題は、実はこれまでの「働き口が存在しない」という対抗言説でカバーしにくいという性質があります。

就業を希望していて、かつ実際に就職活動をしているのであれば、「実際に働き口が少ないのだから未就労でもしょうがない」という風に一般的にも納得しやすいですが、就職活動どころか、就業すら希望していないというのであれば、それこそ「自己責任」「甘え」「怠惰」だという烙印を押されやすく、運動側に属する人の内部でもそうした思いを持つ人が一定数存在するからです。

だからこそ、この”非希望型”の若者をどう捉えるかという視点こそが、今運動側に属する人間にとって大きな課題となっているのだと思います。

人にとっての”還る”場所

☆はじめに

昨日はうちの母親の誕生日でした。
63歳の誕生日。
40代でがんを発症してから早15年。今日までよく元気に生きていてくれて良かったなって思う。改めて誕生日おめでとう。

話は変わって、一昨日は私の職場の飲み会がありました。
もう10年働いてる職場。でも、実は来年いっぱいで退職する希望を、この前行った面接で伝えてあるのです。
それ以降、上司には度々「残って欲しい」と飲み会の度に言われています。


☆「親をこっちによべ」という選択肢への違和感


上司が、なぜ自分に残って欲しいと言っている理由については、正直何回話を聞いてもよくわかりません。上司の日頃の発言や態度からは、私自身を必要としてはいないことだけははっきりと伝わってくるのに、実際の発言だけは「残って欲しい」と話される。その真意は私には測りかねます。

面接では、実家では、90歳過ぎの要介護状態の祖父母を、病気がちの母親が一人で面倒を見ていること。(父親は婿ということもあってあまり介護力はないのです。)かつ家事全般も母親が一人で担っている現状を話し、私自身が長男ということも含めて、実家に戻りたい趣旨を上司に伝えました。
しかし上司からは「親はこっちに呼べばよい」との一点張りで、なかなか話が伝わらないな・・という想いだけが募ります。

そうはいっても、上司だってこれまでの人生の中で、似たような葛藤を抱えながら選択を繰り返してきたのだろうし、軽々しく「親を呼べ」と言っているわけではないのであろうとは思います。しかし、「親をこっちに呼べ」という言葉を聞く度に、私は違和感を感じるのです。


☆母親の人生の軌跡と価値

話は変わって、私の母親はどういう人なのかというと、”普通の人”としかいいようがないかもしれません(笑)
母親は結婚してからはずっとパート職員として働いており、一方父親はずっと長距離運転手として今でも働いています。若いころたまたま同じ運送会社で働いていたのが最初の出会いのきっかけだったそうです。

二人の結婚後、すぐ私が生まれ、その3年後に妹が生まれます。
正直、バブル崩壊以後の長距離運転手の業界は一変し、規制緩和も相まって、正直、私の子ども時代において、長距離運転手の待遇は決して良いとはいえないものだったと思います。

私自身、子ども時代にお金に困るという経験はしたことはないけれど、それは両親の懸命の自己犠牲の賜物だったのだと今は思います。父親も母親も趣味にお金を使ったり、どこかに遊びに行ったりした姿をほとんどみたことはないからです。

母親も、もっと自分でやりたいことがあったんじゃないかな・・とたまに思うことがあります。子ども2人ともに大学に進学させてくれたけど、自分自身のやりたいことを我慢しながら、自ら病気を抱えながら、祖父母の面倒と家事全般を一人で担ってきた、それがこれまでの母親の人生だったのではないかと思うのです。

そんな母親にとっての人生は、私たち子どもを育てること、祖父母の面倒を見ること、自らの家を守ること、それらのことこそが母親のこれまで生きてきた人生の軌跡であり、残してきた価値だと思うのです。


☆人生の軌跡や価値は、生きてきた時間・場所・人間の中にこそ宿る

決して料理が好きではない母親が毎日料理を作ってきた台所、2階建ての決して狭くはないのに、ほこりもほとんどないほどよく手入れがされている部屋、そんなに仲は良くないけど、長い間自治会などの活動をしてきたご近所さんとの関係、待遇について組合を通して何度も議論の攻防を積み重ねた職場、嫌味をいう人も多かった同僚、年に1回食事会をする同級生の集まり、今でも付き合いのある私の小学生時代のPTA仲間。

そんな良くも悪くも、母親が生きてきた軌跡や残してきた価値は、そうした実家の人や物や場所にこそ宿っているのだと思います。


昔観た映画に「砂時計」というものがありました。
以下は、その映画の中で主人公の杏が語ったセリフです。

「忘れられない風景がある
その一つ一つの思い出が今の私をつくっている
あの道もあの川もあの駅も
そこであったすべてのことも私の時間を刻んだ砂時計の砂粒たち
その思い出と共に私はいまも生きていく」

そう、人間は誰だって、自分が生まれ育ち、共に生き抜いてきた時間や空間や人間とは無関係に独立して存在しえないのです。

私は、母親が生きてきたその軌跡や価値を決して否定したくはありません。その延長線上を生きていきたいと思うのです。



「あなたにはあなたの人生がある」
そう指摘する人もいるかもしれません。

確かに、今の私が自分の人生をかけてやりたいことに携わっているのであれば、実家に戻らないということも一つの選択肢として考えられるかもしれません。
しかし、今の自分にそうしたものが見いだせるかといえば、それは残念ながら「NO」としかいえないのです。

そして”誰かの人生を肯定して生きていくこと”それこそが唯一、私にとって主体的にやりたいと思えることなのです。

だからこそ、私が私の人生を生きていくためにも、「親をこっちに呼ぶ」という選択肢は出てこないし、「親をこっちによべ」という言葉についても、軽々しく言っているわけではないのかもしれないけれど、それでも親の人生の価値が軽視されているような印象を感じるし、それこそがきっと私にとっての違和感の正体なのだと思います。


☆終わりに-生まれ育ったところに”還る”権利-

最後に、私自身、保守的だと思われるかもしれないけれど、やっぱり人は自分の生まれ育った場所で学び成長し働き、結婚し、年老いて、召されていく。それが人間にとってのべージックなライフスタイルとして保障されるべきなのではないかと思います。


資本主義の社会において、資本による利潤追求のため、そして人間としての基本的な人権意識の向上のために、人間は生まれ育った土地人間関係から解放され、どこで誰とでも生活を送ることが自由を得ました。

しかし、その自由は現代において様々な弊害を内包するものとなっています。

こうした時代において、私は今一度それぞれの人が自分の生まれ育った土地と人間関係に自らの意思でもう一度還る、いや”還ることができる”べきなんじゃないかと思うのです。

その”還る”選択肢が保障された時に、人はもう一度新たな形で大切な価値を取り戻すことができるのでは・・という風に思うのです。

「生きる意味」

「ずっと・・
ずっと考えてた

死ぬために生まれたぼくが
この世界に存在する意味って何だろうって

何も生み出すことも
与えることもせず・・

たくさんの薬や機械を無駄遣いして
周りの人たちを困らせて・・

自分も悩み苦しんで・・・

その果てにただ消えるだけなら・・

今この瞬間にいなくなった方がいい・・

何度も何度もそう思った・・

何でぼくは生きているんだろうってずっと・・


でも・・
でもね・・

ようやく答えが見つかった気がするよ

意味・・
なんて・・
なくても・・

生きてて・・
いいんだ・・
って・・

だって・・
最後の瞬間がこんなにも・・
満たされているんだから・・

こんなに・・
たくさんの・・
人に囲まれて・・

大好きな人の胸の中で・・
旅を・・
終えられるんだから・・


ボク

がんばって

生きた・・


ここで

生きたよ・・」


【Sword Art Online -Mother's Rozario-より】


上のセリフは、作品の中で登場するユウキという少女がAIDSという病気との闘いの末、天に召される直前の言葉です。


人がこの世の中に存在する意味って何なのだろう・・

原始、人が一人生きるためのギリギリの生産力しかない時代。
病気や障害を持ち、生産活動に携わることのできない人間は確かに生きることを許されなかったのかもしれない。

でも今は違う。

病気や障害自体が本人の生命活動を奪うこと以外には、生産活動に携わることができないといったような外的な要因で生存を脅かされる時代ではなくなりました。

現代は、誰もが生きていていい時代になったのです。


もし「生産活動に携わることのできない人間は価値がない」なんて風潮が現代において振りまかれているのであれば、それは人類がこれまでの歴史の中で築いてきた遺産を否定すること、つまり退化を示すもの以外の何物でもない。


「生きる意味」なるものが何なのか。
それに対する問いは、私一人が定義できるようなものではないのは明らかです。

でも、私自身が今この時代に生きていて感じることは、現代は、そのような「生きる意味」を見出す行為すら、自らの責任に還元されるような風潮が非常に強くなってきているということです。


「生きる意味」

それが何なのかは、私にもまだわからないけれど、でもきっとその”意味”は、自らの心の内だけに見いだされるものだけではなく、他者との関係の内にも見いだされるもののはず。


きっと、「生きる意味」なるものは、私が私の心の中に見出すモノと、あなたや他者が私の心の中に見出すモノが交錯する場所に見出されるものなのだと思います。


だから、もし”あなた”が、”あなた”の心の内に「生きる意味」なるものを見出せないのであるならば・・

”わたし”や他者が”あなた”の中に見出しているものを伝えること。
そのことに大きな”意味”があるのだと思うのです。












PDCAマネジメントについて

1、はじめに ~巷で注目を集めているPDCAマネジメント~

 最近・・でもないかもしれないけど、近年「PDCA」というタイトルの本が書店で並んでいる光景を目にする機会が増えてきたように思います。書店にいっても、何かの研修に行っても、ニュースを見ていても「PDCA」という言葉を耳にする機会が多いように思います。

今回は、この「PDCA」とはいったい何なのか、そして「PDCA」なるものが本当に適切な意味で導入されているのか。もしそうでないのであれば、どのような危険性を内包しているのかについて書いてみたいと思います。

 
2、「PDCAマネジメント」とは?

 そもそも「PDCA」とはいったい何なのでしょうか?

※ウィキペディアより引用

「PDCAサイクルという名称は、サイクルを構成する次の4段階の頭文字をつなげたものである。

1.Plan(計画):従来の実績や将来の予測などをもとにして業務計画を作成する。

2.Do(実行):計画に沿って業務を行う。

3.Check(評価):業務の実施が計画に沿っているかどうかを評価する。

4.Act(改善):実施が計画に沿っていない部分を調べて改善をする。

この4段階を順次行って1周したら、最後のActを次のPDCAサイクルにつなげ、螺旋を描くように1周ごとに各段階のレベルを向上(スパイラルアップ、spiral up)させて、継続的に業務を改善する。
事業活動における生産管理や品質管理などの管理業務を円滑に進める手法の一つ。」


もともとは製造業における品質管理などが目的で、第二次世界大戦後にエドワードデミングによって提唱された手法ですが、現在ではあらゆる産業で導入されており、国や経団連としてもその導入を様々な分野で推奨しています。


3、PDCAマネジメントの誤った導入方法への懸念

 私自身、PDCAマネジメントの存在自体は否定する立場ではありません。
しかし、PDCAマネジメント自体なるものを正しく理解しないで、形式的に導入しているところが多くなってきているんじゃないかという懸念を私自身は抱いています。


「目に見える形での目標管理と成果主義に基づくPDCAマネジメント、すなわち計画-実行-評価-改善という事業活動のサイクルが私達の生活世界に侵入してくればくるほど、失敗はさらに嫌悪されるようになります。PDCAマネジメントでは、失敗は、設定した目標の未達成です。

その総括には自己責任のロジックが求められます。組織やシステムの改善を振り返ることなく、いかに自分が個人的に悪かったのかを反省することばかりが過剰に求められ続けると、自己嫌悪感が増し、結果として組織やシステム全体としての課題遂行能力まで低下するという悪循環が生まれる場合もあります。」

※『いのちのケアと育み 臨床教育学のまなざし』 庄井良信 かもがわ書店 2014年10月

上記の庄井氏の指摘にもあるように、PDCAマネジメントに”自己責任”の論理が結びつくならば、継続的な改善活動(スパイラルアップ)は、逆向きのスパイラルダウンともいえる悪循環が始まっていくのではないでしょうか。

4、デミングの14ポイント~PDCAサイクルの本当の意図~

そもそもPDCAマネジメントの提唱者であるW.Eデミングは、一体どのような目的と理念をもってPDCAマネジメントを唱えたのでしょうか。

国際研究論叢 : 大阪国際大学紀要 25(1)『Dr.W.E.デミングの経営管理-デミングの14ポイントという経営原則-』において、デミングが考えていた経営管理についての14原則が下記のとおり紹介されています。


1.競争力を保つため、製品やサービスの向上を常に心がける環境を作る。最高経営者がその責任者を決める。

2.新しい哲学を採用する。我々は新たな経済時代にいる。遅延、間違い、材料の欠陥、作業の欠陥などの一般常識となっている水準には満足できない。

3.全品検査への依存を止める。品質は統計的手法で向上させる(完成後に欠陥を見つけるのではなく、欠陥を防止せよ)。

4.価格だけに基づいて業者を選定することを止める。価格と品質によって選定する。統計的手法に基づく品質保証のできない業者は排除していく。

5.問題を見逃さない。全体(設計、受け入れ材料、製造、保守、改良、トレーニング、監視、再教育)を継続的に向上させるのがマネジメントの役割である。

6.OJTの手法を導入する。

7.職場のリーダーは単に数値ではなく品質で評価せよ。それによって自動的に生産性も向上する。マネジメントは、職場のリーダーから様々な障害(固有の欠陥、保守不足の機械、貧弱なツール、あいまいな作業定義など)について報告を受けたら、迅速に対応できるよう準備しておかなければならない。

8.社員全員が会社のために効果的に作業できるよう、不安を取り除く。

9.部門間の障壁を取り除く。研究、設計、販売、製造の各部門の人々は様々な問題に一丸となって対応しなければならない。

10.数値目標を排除する。新たな手法も提供せずに生産性の向上だけをノルマとしない。

11.数値割り当てを規定する作業標準を排除する。

12.時間給作業員から技量のプライドを奪わない。とりわけ年次・長所によって評価することや目標による管理は廃止する。

13.強健な教育プログラムを実施する。

14.最高経営陣の中で、上記13ポイントを徹底させる構造を構築する。


というように、デミングが想定している経営管理というものは、自己責任のロジックとは無縁のものであったということがよくわかります。

「OJT」の導入、「強健な教育プログラムの実施」というように社員教育の重要性への指摘、「社員全員が会社のために効果的に作業できるよう、不安を取り除く」努力の必要性、「数値目標の排除」、「生産性の向上だけをノルマとしない」、「時間給作業員から技量のプライドを奪わない」、「年次・長所によっての評価」、「目標による管理の廃止」、そして最後にこれらの13ポイントを徹底するための”構造を構築する責任”を最高経営陣の責任としていることです。

本来PDCAマネジメントは、上記の14ポイントの理念に伴い導入されるべきもののはずです。


5、PDCAマネジメントの正しい実践のために

現在の日本の企業の中で、PDCAマネジメントを唱えながらも、一方で成果主義や数値目標のノルマ管理が導入されている現状では、PDCAは社員を自己責任の論理で常時の上昇志向のパフォーマンスを強要するための論理にしかなりえません。
その将来にみえるものは、生産性・モチベーションの低下と、社員の疲弊だけではないでしょうか。

PDCAマネジメントが、自己責任のロジックではなく、デミングの提唱した理念に基づき認識され、実践が広がれば良いな・・と思います。

”陽光桜”と”ハナミズキ”

☆映画『陽光桜-YOKO THE CHERRY BLOSSOM-』を観て


先日、ある映画を観る機会がありました。

映画のタイトルは、『陽光桜-YOKO THE CHERRY BLOSSOM-』という映画で、愛媛県川内町(現在の東温市)で生まれ2001年に92歳で亡くなった高岡正明さんという方の生涯をモデルに描かれたヒューマン・ドラマ映画です。


戦時中、軍国教育を行っていた青年学校で教師だった高岡正明さんは、終戦直後から「わしが教え子たちを戦地に送り込んでしまった」との自責の念に苦しみ続けていました。

「戦争という、二度とこのような悲惨なことを繰り返してはならない。戦死した教え子たちの鎮魂と、世界恒久平和への願いを託して新しい桜を自分の手で作ろう」と、生涯を賭けた桜の新品種開発を高岡さんは誓います。


そして、高岡さんにとって、その桜は「新しい桜」でなければいけませんでした。

教え子の中には、「厳寒のシベリアで散った子たちもいる。亜熱帯のインドシナ半島で亡くなった子もおる。教え子たちの鎮魂と世界各国への平和のメッセージを託すには、これまでの桜ではいかん。どんな気候でも花を咲かせる、病気にも強い樹勢が良い品種でなければいかんけん」 その挑戦は苦難の連続でした。植物遺伝学上、桜は人工受粉で新たな品種をつくることは「不可能」だと言われていたからです。


しかし、高岡さんは自らの誓いを胸に秘め不屈の精神で試行錯誤を繰り返し、30年後、ついに桜の新品種登録第一号となる「陽光」を生み出します。

そして、「陽光桜」という新種の開発に成功した後も、その桜を営利目的で販売することはなく、「平和」を祈願し、「陽光桜」の苗を無償で世界中に送付する。

というストーリーです。



自ら教師として教え子を戦地に送り込んでしまったことに対して自責の念を心の内に秘め、その鎮魂と世界平和への願いを桜に託し、30年もの長い間、不屈に新種の桜開発に自らの人生を捧げたその姿には、心打たれるものがありました。



☆100年前にも存在した、日米間での桜の贈呈


実は、日本と他の国との間での桜の贈りあうということは、今から100年前にも存在したのです。

1912年。当時東京市長だった尾崎行雄氏が、当時のアメリカ大統領夫人の希望に応えて、親善交流の目的でソメイヨシノをアメリカに贈呈しました。

後の1915年。アメリカからその返礼としてハナミズキを日本に贈呈(※ハナミズキの花言葉は”返礼”)するというエピソードがあったのです。


それから100年後の2012年には、桜の贈呈から100周年を記念した行事も日米間で開催されました。

時の政権の思惑により、軍事的な交流の内容も幅広く含む内容となってしまっていたのは残念ではありますが、それでも桜の贈呈がきっかけとなり、日米間の様々な交流行事の開催や、この前年に起こった東日本大震災の復興を祈願しての交流なども幅広く行われ、いまなお日米間での親善交流の礎となっているそうです。



☆高岡さんの死と9.11テロ

恒久平和を願い、「陽光桜」を開発した高岡さんは、残念ながら2011年9月10日に永眠されました。

そして、皮肉だったのは、この高岡さんが永眠された翌日に、あの9.11テロが起こってしまったことです。

9.11テロをきっかけにこの後、アメリカは対テロ戦争ということでアフガニスタン、そしたイラクとの泥沼の戦争を行っていくこととなります。


恒久平和を願う高岡さんの志は、本人の死と共にこの世の中から途絶えてしまったのか?
そう思わざるをえないくらい9.11テロは衝撃的な事件でした。



☆9.11をきっかけに生まれた曲『ハナミズキ』


話は変わって、みなさんは『ハナミズキ』という曲をご存知でしょうか。2004年にアーティストの一青窈さんがリリースし、今なおカラオケや結婚式などで長く重宝されている曲です。


実はこの曲は、9.11同時多発テロ事件をきっかけに描かれた曲なのです。


「イラクでさ、三人拘束されたじゃない? みんなも例えばそう、家族だったり、好きな人だったり、そうなったら何が何でも帰ってきてほしいじゃない? こういう状況になって、私たちははじめて『ああどうしよう!何かしなきゃって』署名運動だったり、チェインメールだったり・・・」 「今から3年前。9月11日。NY。みんなちょっと忘れそうになってるでしょ? あの時私の友達がNYにいました。 そのときわたしはやっと、戦争のことすごく身近に感じられました みんなはきっと教科書で、フランス革命とかなんかの合戦とかいろいろ学んできたと思うけど、全部他人事じゃない?あのことを勉強して今私たちは何ができるか思ったら、何もできないんだよね。だって、私も痛まってないし、私の好きな人も痛まってないし。 でもそれってすごく当たり前なことなの。人間ってすごく勝手ないきものだから、私みたいに誰か友達とかまきこまれないと自分のことを考えません。 自分と自分の好きな人の幸せを願うのことは、当たり前なこと。 せっかくここにみんな来て、何かやってほしいと思うのです。 だから好きな人とね、その好きな人の、一歩先、そこの幸せを願ってください。 そこから気持ちが連鎖して優しい世の中になると思います。 まずは私から。 あなたとあなたの好きな人が百年続きますように。」

DVD:《一青窈 LIVE TOUR 2004〜てとしゃん〜》より文字おこし



「たとえば私たちが生きていて残せるものは何かと考えたときに、想い、があると思います。 もちろん想いは目に見えなくて、不確かなモノだから時々不安になるんだけど、やっぱり自分のことでもでもいいですし、たとえばもっと次の新しい人間に同じような景色を残せてあげたらいいなと思うのです。 この前のツアーでは、ハナミズキの苗木をツアーに来てくれたみなさんにプレゼントしましたが、今回はくちなしの木をここに来てくれたみなさん全員に、ぜひ受け取ってほしいのでもらってください。 あの・・嬉しい? 本当は「ハナミズキ」を作ったとき、昔東京の市長で尾崎行雄さんという方がいて、その人が日米国交のために桜をアメリカに贈ったんですよ。 その返礼でもらったのがハナミズキで、そういう、文字通りハナミズキの花言葉は「返礼」なんですけれども、実際に見えるもので想いを交換しあうってすごい素敵だなって思いました。 私とあなたの中にも、何か残せるものがあったらいいなって思って、想いを目に見える形にして、くちなしとかハナミズキとか、これから生まれるんであろう木が埋まっていって、素敵な森になったらいいじゃないですか。 本当はその想いの交換みたいなものに気づいたのは、9.11のテロの起こった日に「ハナミズキ」という曲は書いたんですけど、どうかあんな悲しいことが起こらないように、想いの優しい気持ちの連鎖をここからはじめたいと思うので、私から皆さんに願わせてください。 あなたとあなたの好きな人が百年続きますように。」

DVD:《一青窈 Yo&U Tour '06》より文字おこし


一青さんの、「ハナミズキ」という曲に込められた想いというものは、上記の2つのツアーで本人より語られた言葉に触れればとってもよくわかるのではないかと思います。


☆時空を超えて引き継がれる想い


でも、なんか不思議じゃないですか?

陽光桜を開発した高岡さんが亡くなられた次の日に、9.11テロのような事件が起こってしまったわけですが、それと時を同じくして「ハナミズキ」という曲がこの世に生まれました。

その「ハナミズキ」を書いたアーティストは、100年前の日米の桜の贈り合いのことに思いを馳せ、そして高岡さんのように、平和を願い桜の苗を他者にプレゼントしていたのです。

一青さんが、高岡さんの存在と功績を知っていたかどうかわかりません。

しかし、高岡さんの志は決して途絶えてはいなかったのだと思います。

想いはきっとどこかでつながっているし、受け継がれていく。そういうものなんだなって強く感じさせられました。


最後に、私が一番びっくりしたのは、高岡さんと一青さんの間には、平和を願い、桜の苗木を他者に贈る、ということ以外にも共通点が存在していたことでした。

実は、高岡さんが開発した「陽光桜」という桜は、” 天城吉野”と”寒緋桜”という2つの桜の交配によって生まれた品種なのですが、”天城吉野”というのはその名からわかるように、日本の桜です。そして、「寒緋桜」というのは、別名「台湾桜」と呼ばれており、中国~台湾にかけて広く分布する桜なのです。

日本と台湾のそれぞれの桜の交配によって生まれた桜。

そして、一青さん自身も、日本人の母と台湾人の父から生まれた存在です。


これは偶然? それとも必然なのでしょうか?

いつかその真実が明らかになる日を夢見て・・

自己形成と他者承認②

6年前に、書きかけてずっと放置していた岩川直樹さんの論文のまとめの続きですが、久しぶりに続きを書きたいと思います。



2.自己形成と他者や共同体からの承認


1)自己形成と重要な他者からの承認


2-1)で、岩川氏は以下のような指摘をしています。


人生のあらゆる場面において、葛藤や矛盾を生きる中で自己形成しようとする者には、その都度他者からの承認が必要である。自己形成するもの葛藤や変容を関与的に捉える重要な他者からの承認は<私>にとって重要な足場になるからである。


アイデンティティの形成には、私が変容しながら私である「自立の感覚」という主観的側面と重要な他者によってその意味を承認される「相互依存の感覚」という社会的側面が必要であるというのである。


自己形成の渦中にある本人は、自己自身の変容や葛藤の意味をかならずしも自覚していない。そういう場合、自己の変容の結果を承認されるだけではなく、変容以前の葛藤や試行がもつ未然の可能性を承認されることが意味を持つ。


誰かが自身の変容についておぼろげながら自覚していたとしても、重要な他者からの承認がなされない場合、あるいは、承認があっても自己の変容の感覚と食い違う場合は、アイデンティティはリアルなものにならない。ときには、そのときの他者からの承認不全によって、自己の基層に深刻な傷つきを抱える場合もある。


自己形成と他者からのその意味の承認の両者が重なることによって、はじめて自立の足場が形づくられるのである。


上記の岩川氏の指摘を私なりにまとめると、主に3つのポイントがあると思います。


(1)自己形成するものの葛藤や変容を関与的に捉える他者の必要性。

(2)自己の変容を自覚していないものに対する、変容以前の葛藤や試行が他者に承認されることの意味の重要性

(3)自己の変容の感覚が、当事者と他者からの承認したものが重なることの重要性

の3点です。


自己形成にあたり、重要な他者の存在とその承認こそがとても大事ということなのですが、そう考えると、私は、現代社会においてはこの「重要な他者」、自分の葛藤や変容を関与的に捉えてくれる他者の存在を獲得し、相互依存の関係を築くことについて特別な困難さが存在するのではないかということを感じました。


私がそう感じたのは、理由の一つ目に、現代社会においてはいわゆる「重要な他者」、具体的には家族や友人、教師や職場の同僚、地域の仲間だったりが想定されると思いますが、社会自体に効率が最優先される思想が推し進められ、誰もが余裕がなくなっている今、家族・学校・職場・地域のいずれにおいても、人間同士の相互関係の構築自体が物理的にも難しくなってきているのではないかということがあります。


そして2つ目に、自己責任論の思想と価値観がこの社会の隅々まで押し寄せている中で、自分も他者も、相互依存の関係を構築すること自体が”甘え”として忌諱されることで、精神的にも相互関係を構築することを自主的に放棄してしまいがちな風潮が存在するからです。



本来、アイデンティティや自己形成に必要な重要な他者の存在と相互関係の形成が、物理的にも精神的にも構築することが困難となっている。

そのために、今の若者を中心に皆が様々な形で承認不全のために心に傷つきを抱え、かつ人間関係においても様々な問題を抱えてしまう状況に陥っている。

現代日本における新自由主義政策の一環としての効率最優先の市場原理や自己責任論の思想の浸透は、人間形成の観点からも非常に大きな障害をもたらしているということが、再認識させられる指摘だと思いました。

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